2011/10
二日酔いか風邪か
壁面も紅葉
秋ですね
基坂
いい天気
そろそろ雪でしょうか
ずうっとこの風景を見てるんだろう
水曜日まで辿り着いた
がんばるベエ
また雨が降り始めた
荒れた天気
マリーゴールド
赤い靴の女の子
暖か~い
旧金森洋物店
函館市は,明治11年(1878)の函館大火で、中心街が焼野原と化し、
翌明治12年にも、市中の3分の1(2,326戸)が焼け、ほとんどの市街を
失った。2年続きの函館大火により開拓使は、市街の区画整理と不燃
質家屋の奨励に乗り出し、一部の有力商人がその施策に応じた。
明治12年の大火でその経営する洋物店の本・支店が被災した初代
渡辺熊四郎もその1人で、明治13年11月、西欧と日本の建築技術を駆
使した開拓使の茂辺地煉瓦製造所製の煉瓦を使用した洋風不燃質店
舗「金森洋物店」を竣工、開店させた。設計は池田直二が担当した。
当時の金森洋物店は、西欧文化を謳歌する函館人気質と相まって衣食
当時の金森洋物店は、西欧文化を謳歌する函館人気質と相まって衣食
住に関わる舶来製の小間物、雑貨品を販売し賑わった。市内の半分を焼
失した明治40年の大火では、周囲の不燃質店舗がことごとく焼失する中
で、幸いにも金森洋物店のみが類焼を免れた。
その後、大正14年(1925)まで金森洋物店として使用されたこの建物は、
その後、大正14年(1925)まで金森洋物店として使用されたこの建物は、
昭和43年に十勝沖地震で被害を受けたが、道の補助により復旧された。
後に、渡辺家から市に寄付され、昭和44年から市立函館博物館郷土資料
館として活用されてきたが、建物の老朽化のため、平成10年(1998)、11年
の2か年にわたり全面的な復元改修工事が行わした。